経・論にみる人間観 2〜4
異教思想の研究−「梵網経(BRAHMAJALA-SUTTA)」を中心として−
禅から華厳へ、華厳から禅へ
「七祖法宝記」に関する一考察−特にその成立について−
『宏智頌古』のテキスト及び註釈書−「従容録」の位置付けをふまえて−
『弁道法』の行李に関する一考察−「弁道法」による一泊参禅会を通して−
『維摩経文疏』と『維摩経略疏』の比較研究−書誌学的分析と湛然削略の特色について−
『正法眼蔵第四発菩提心』巻に観る「慮知心」の宗義的解釈について
内山愚童の目指した世界とは?−週刊「平民新聞」よりの投稿記事からの考察−
VAIROCANARAKSITAとDHARMANATI−『学華苞』翻訳の背景をめぐって
『梵網経(BRAHMAJALA-SUTTA)』考 2−何故、第一経であるのか?−
『林間録』に関する一考察−その内容と問題点について−
シャーマニズムと仏教寺院との関係−宮城県松島町の事例を中心に−
『スシャルタ本集』の開展説−『サーンキヤカーリーカー』との関係を中心に
「禅」の起源−公開講演会−
智旭「大乗起信論裂網疏」における玄談の考察
文沼注「般若波羅蜜多心経」について−特に新出のロシア本二種による再検討−
敦煌本「六祖壇経」と「金剛経解義」について
KUKSIとGARBHA−仏典の記述を中心として−
趙州の七斤布衫−禅問答の思想史−
鎌倉時代における曹洞宗教団と女の信心−瑩山門下を中心として−
竹峯広嫩の行状と業績−関係史料の確認を通して−
毘沙門天信仰の研究−日光外山の縁日「福銭貸し」を通して
智セン撰「般若波羅蜜多心経疏」の訳註研究 1,
智旭の実叉難陀訳「起信論」註釈の理由について
一山一寧撰「頼賢の碑」の筆跡について
天台維摩経疏における「法華経」の依用について
呪詛されたインドラ−神の身体を廻って−
「行者仏教」における死者供養の一事例−米沢市法仁道の憑依儀礼と年中行事−
「長部」「戒蘊篇」の研究 2−戒蘊の諸相−,4−三学の諸相
「スッタニパータ」における信について
五取蘊苦に関する一考察−VISUDDHI−MAGGAを中心として−
業の相続に関する一考察−パーリ註釈書にみられる有輪説と縁起−
聖徳太子論争はなぜ熱くなるのか
智旭『大乗起信論裂網疏』における衆生心と専念阿弥陀仏の解釈について
京都万寿寺・三聖寺と玄海大姉−鎌倉期に活躍した禅宗尼僧の活動−
魚朝恩と仏教
NATUYASASTRAと化粧−第23章を中心に−
瞋恚の捨断と慈しみについて
SAMYUTTAMILAYAにおける法住智−パーリ上座部における十二支縁起解釈の一側面−
パーリ聖典における菩薩道−出離波羅蜜について−
現代人の宗教観を理解するために 1,2
源翁心昭の生没年に関する一考察
慈悲−METTA−SUTTA慈経を中心にして−
「摩訶止観」病患境の研究 1−「食」−,
パーリ聖典における菩薩道−捨波羅密について−
四部註釈書における「序論」「結論」の問題点て和訳
「デーガ・ニカーヤ」における信について
インド古典にみられる身体部位表現−ダンディン著「十王子物語」を中心に−
独語
自警語
俗談
譫語
独庵稿
溲勃
般若九想図賛
弁弁惑指南
禅宗弁
独庵護法集砕金
俗談根源集
南山道者禅師語録
「禅の源流」がめざすもの
中国禅の成立
五家七宗の成立とその展開
日本の禅 初伝より曹洞教団の成立まで
祖師の来朝より五山の成立まで
妙心寺の成立と展開
近世臨済禅の展開
看話禅と黙照禅
禅と浄土
仏教と中国思想
禅の民衆化
禅と文化
禅寺の伽藍と生活
中国の生活と禅語
求法僧と来朝僧
葬式仏教から始めよう
慈恩の教え
曹青創立二十周年を祝う
深信因果と本覚思想
期待される宗教の価値
気づいたこと
仏教と私
現代を導く仏教を
地球社会における日本の根底的な課題
「吾に依るべき所を与えよ」
願いをこめて
曹青会に限りなき期待をこめて
近ごろ思うこと
錯誤の果てに
青年僧侶に望む
人の心に接する仕事
僧侶の責務は大きい
思いやりの心を
医療への貢献を望む
若き僧侶への希望
往時を偲んで
曹青会の思い出
還た自ら恥ずるや
思い出すままに

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