日本石器時代の区分について
対談 二十世紀を書く意味
対談 革命と女性と
対談 辛亥革命の周辺
対談 近くて遠い明治
対談 遥かな第一次大戦
対談 大正時代の思い出
対談 昭和はじめの左翼運動
アケメネス王朝時代の赤色煉りガラス製容器に関する一考察
ザームヤズド=ヤシュトの課題
古代イランの変身について
カザンルク古墳主室壁画の主題について
1870-80年代におけるエスファハーンの工業
ミトラス教とオリエント
ペルシア語作文のために
古代エジプト形成期の一側面
チャガタイ=ハン国の成立
クーヘ・ホセイン南ろくの一浮彫人物像
イッシク・クルガン
ペルシア詩人ルーダキーについて
ストゥーパ方形基台の由来
旧約詩文の対句について
軍事イクターの新しさ
共命鳥についての一考察
1930年エジプト関税改革とイギリス
伝ケルマン出土、パルティア期の?ャ具について
ソロモンの台座
イランにおける考古学調査の近況
ゾディアック(黄道十二宮)図を描いたミナイ手陶器について
アトスズと現在のトルコにおけるトゥラニズム-「灰色の狼たち」を中心に
タムガとニシャン
シュメール語の動詞接頭辞におけるいわゆる盈記法i-in-'i-ib-'i-im-にについて
PALI PARISSAYAについて
アグニチャヤナ祭式にみえるプルシャ讃歌(PURUSASUKTA,RV.X.90)
如意輪観音の原名について
サウラーシュトラ人の初経式と初経歌
インドの推論式
ハーラ「七百詩華集」抄-百詩篇第3より-
バーマハに引用される「ニャーサ」の著者について
無量寿経の偈頌について
「中論」における四句分別の論理構造
祇園精舎の門をめぐりて
言語理論に見られるミーマーンサー学派と仏教部派の関係(覚書)
ラーマ物語と桃太郎童話
バーサルヴァジュニャが伝えるニャーヤ・スートラ 1・1・26-31の解釈
世界創造説とマヌ・スムリティ-第1章の意義について-
六十三年の交友
テヘランの頃
足利先生と私
足利さんと私
通人
同志社大学時代の想い出
想い出
太宰春台の「修刪阿弥陀経」
道心に食あり-若き日の足利先生
足利先生と私
足利君と僕達
さきたま文庫 (各分類ごとに配架整理されている)
高昌麹氏王統考
山東省黄石崖及び玉函山の石窟に就いて
史学に於けるraison d'Etat の本質
楽浪封泥続攷
支那西陲出土の契
日清媾和の序曲
新羅六部考
朝鮮発見の明刀銭と其遺惜
新羅上古世系考
清朝文化東漸史上に於ける李月汀と金阮堂
三階某禅師行状始末に就いて
渤海東京考
宋代水利田の一特異相
ベルギー国中立制定の史的考察(1830−39)
姓氏解説
麗末鮮初に於ける対明関係
東西交渉史論上より観たる遊牧民族
波斯戦役の性格
「エリュトラ海案内記」に見えたる紀元一世紀の南海貿易
禺の玉と江漢の珠
正倉院御物を通して観たる東西文化の交渉
ザンジュ考
印度支那の建国説話
東西交渉史上に於ける十字軍の意義
元代の東西交通
東西交渉史上の香料
我が史上より見たる戦国時代東西交渉史
ポルトガル交通が我国に及ぼしたる影響
南洋に於ける日欧関係の推移
近世初期に於ける主要なる輸入物資について
日蘭文化交渉に於ける人的要素
ウィルレム・ユセレンクスの眼に映じたる東印度貿易
カロンの翻訳した武鑑の復原
文化史上に於ける佛蘭西東洋政策の環境
インドに於けるイギリス直接支配成立の歴史的内容
欧米諸国の極東進出と幕末に於ける我が貿易の趨勢
欧米諸国を対象とする進取経略論の発展
岩倉全権大使の米欧回覧
露国の東亜政策と列強
義和拳匪乱と日露
所謂「江東六十四屯」の問題について
第一回日英同盟の成立とドイツ帝国
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