海上の道−南方・北方の要素
神話の世界−倭人の歴史と日本神話
銅鐸の謎−いつ、だれが、何のために
埋もれた金印−漢委奴国王印
邪馬台国の成立と卑弥呼−その争点
磐井の反乱−倭五王の終末
謎の三、四世紀−古墳の発生
好太王碑と七支刀−朝鮮半島とのかかわり
北方騎馬民族説−大和王朝とのかかわり
古墳の謎−古墳にはだれを葬ったか
古代日本と渡来人−その活躍
装飾古墳の系譜−九州から関東
古代の女帝
厩戸王から聖徳太子へ−よみがえった聖者
大化改新−つくられた虚像
古都発掘−その新しい成果をめぐって
壬申の乱−三国戦争との連動
正倉院−シルクロードの終着駅
菅原道真と天満宮−神になった悲劇の文人貴族
将門と純友−草賊と海賊
尾張国解文−平安時代の国衙と農民
院政開始をめぐる謎−その成立をめぐって
平清盛をめぐる謎−出生と「平家納経」をめぐって
奥州藤原四代−謎とミイラと黄金と
源将軍三代の死−その謎をえぐる
源義経−その伝説と歴史的実像
北条時頼−その実像と虚像
蒙古襲来−その勝因の真相
親鸞と道元と日蓮−なぜ新仏教が生まれたか
瀬戸と有田
南北朝争乱−その起因と合体の問題
足利尊氏−逆賊と実情
三種の神器−その行方と事実
足利義政と日野富子−応仁の乱の真相
倭寇−その戦力源は何か
風流の世紀−祭礼や盆踊りの原型
道潅と早雲−戦国を開いた人の謎
信玄と謙信−川中島の戦いの真相
自由都市・堺−その実体は何か・,トヨタ
戦国の剣豪−塚原卜伝と上泉信綱
一向一揆−そのエネルギーの謎
南蛮人とキリシタン−ヨーロッパ化の実態
織田信長−安土築城の秘密
豊臣秀吉−その朝鮮侵略をめぐって
千利休−その周辺と死の謎
徳川家康−その出自の疑問をめぐって
島原の乱−キリシタン一揆か
鎖国−第一次開国
御家騒動−その真相と波紋
義民伝承−百姓一揆の指導者と犠牲者と
田沼意次−田沼政治の再評価
大塩平八郎の乱−はたして「救民」軍であったか
孝明天皇−その毒殺説をめぐって
「お札ふり」と「ええじゃないか」-大衆乱舞の実相-
北京原人が歩いて日本へやってきたころ
おとしあな
古代の衣服
ヤマトタケルノミコト−名の成立をめぐって
古代の食生活
古代の氏姓
古代人の落書きと手習い
ペルシャ人李密翳
「風土記」に息吹く平將門
平安貴族と饗宴−「御遊抄」について
「蒙古襲来絵詞」の旗の紋
軍勢十人中九人までが農民
足利将軍の異常性格
室町将軍家への献上品
島津忠良の死生観
太平の世の水軍書
鉄砲伝来より長篠役までの道程
二条城異聞
中国商人の見た「大江戸の世」-「得泰船筆語」を中心に
町奉行の一日
中世社会と一揆
幕藩制社会と一揆
中世一揆史研究の軌跡
幕藩制史研究と百姓一揆研究
一揆の歴史
荘家の一揆
徳政一揆
戦国期の一揆
一揆の転回
百姓一揆
一揆と打ちこわし
世直し
新政反対一揆
中世における一揆の組織と形態
近世における一揆の組織と要求
中世都市と諸闘争
中世の諸階級層・諸身分の闘争
近世の被差別民の闘争
近世都市と諸闘争
中世民衆の意識と思想
百姓一揆の法意識
中世民衆の生産と生活
近世民衆の生活と抵抗
中世の宗教と一揆
近世の信仰と一揆
「おかげまいり」と「ええじゃないか」
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