シンポジウム 夏目漱石における東洋と西洋
漱石における「東洋」と「西洋」
漱石と英文学
漱石と英文学のつながり
漱石の英文学に対する態度
『英訳方丈記、付方丈記小論』をめぐって
『倫敦塔』と『カーライル博物館』
『草枕』と『虞美人草』
『三四郎』
『それから』とダヌンツィオ『死の勝利』
十八世紀のイギリス作家
メレディスとオースティン
スティーヴンソンと『彼岸過迄』
ギッシングと『草枕』
ウィリアム・ジェイムズの心理学・哲学
漱石の初期作品とプロスペル・メリメ
英文科学生時代
日露戦争頃の漱石
漱石とケーベル
比較文学の進展
堀口大学の若々しさ
堀口大学の詩業
堀口大学とシュペルヴィエルの短編小説
大学先生点描・「水かがみ」ノート
小説を発見するまで
歴史のロマネスク 私の好きな二つの小説
辻邦生における異国の意味 文学的選択としての留学
辻邦生と日本の古典
「第二の自然」へ 辻邦生氏について
想像力の考古学
『小説への序章』について
辻作品の女性像をめぐって
辻邦生論序説
端正と冒険 我が辻邦生を語る
辻邦生について
わが友、辻邦生
早春のパリから初秋の東京まで 辻邦生著『夏の砦』をめぐって
『廻廊にて』より
『廻廊にて』解説
『廻廊にて』作品論
『安土往還記』解説
『安土往還記』について
『北の岬』作品論
『天草の雅歌』解説
シラとカリブディスのあいだで『嵯峨野明月記』
文化と伝統への批評『嵯峨野明月記』
時代と美との関係『嵯峨野明月記』
『背教者ユリアヌス』解説
ユリアヌス・ロマンの白眉
『サラマンカの手帖から』解説
『見知らぬ町にて』解説
壮大なフィレンツェ文化史
『春の戴冠』の描いたもの
『背教者ユリアヌス』とその作者
歴史研究をこえるもの『背教者ユリアヌス』について
現存するイデアを求めて『背教者ユリアヌス』
人間肯定、ないし讃歌
非在の空間へ向うロマネスク
日本の古典
異国の街で
辻邦生への手紙
抵抗としての物語『春の戴冠』の場合
十一の「旅」—装幀者として
思索の旅—サントリーニ幻想
幼児期の自画像
序にかえて —墓碑設計者のメモ
金沢・卯辰山の碑
秋聲の文学碑
碑の来歴
文学碑あれこれ(抄)
伊東・すかんぽの碑
わたくしの人生の師/木下杢太郎
鴎外さんと私
四つの碑
「投げこみ寺」の文学碑
浄閑寺と荷風文学碑
犀川の杏の碑
川のほとりの五つの碑 —犀星文学碑あれこれ
北九州・高塔山の碑
心あたたかい石の肖像画
経筒と文机
谷口先生とわが家の縁
ああ大和にしあらましかば
泣菫詩碑建立の頃
二つの佐藤春夫詩碑
三田山上の「断章」
水の構図
水影の碑
石の詩人
飯田・リンゴ並木の碑
黄眠詩碑追想記
「通人」保っちゃんの墓
保っちゃんと「ブラリひょうたん」
成田・義秀さんの碑
中山義秀文学碑のこと
吉屋さんの遺言
机の上の幾山河
慶應義塾発祥記念碑
蘭学発祥記念碑
「平民宰相」の肖像

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