俳諧師の紀行 −「国曲集」(正徳四年)をめぐって−
淡々と大坂俳壇 −点取俳諧を中心として−
方間舎楓京略年譜
建部綾足片歌余説
蕪村の孤影 −離俗と表裏をなすもの−
「蕪村自筆加判帖」の性格
「翁反故」刊行をめぐって −天明三年俳壇の一側面−
蔦屋重三郎板の俳諧絵本
江戸の連歌師 −文化八年の柳営連歌から−
老証随筆と戯作 −柳亭種彦の古俳諧研究−
小沢蘆庵とその門流
売茶翁グループ-秋成の茶道-
伴蒿蹊と和文の会
春葉集と京都詞壇
近世後期大阪出版の状況
皆川淇園と京都文壇
神医谷川兄弟
「癇癪談」の読者たち
妙法院宮サロン
大田南畝の在坂生活
加藤宇万伎の下坂
都賀庭鐘とその中国学−「康煕字典琢屑」の検討
上方狂歌史の一齣−林路芳斎と秋成
京阪における白話小説の流行−「剪燈随筆」のことなど
藤貞幹と周囲の人々
蒹葭堂という世界
中井履軒と上田秋成−幽鬼と無鬼の世界
秋成の俳歴−漁焉時代を中心に
村瀬栲亭とその周辺
秋成−その原郷・地縁・漂白
竹間斎釈昇道
尾崎雅嘉とその学問
浜松歌国・暁鐘成
秋成の中の中国
和訳太郎論−ゴシップ小説の方法
秋成の綾足批判の構造−その精神と文体をめぐって
くり返しの修辞学−「浅茅が宿」試論
「神」と命禄−日の神論争から
癇症という病跡
「春雨草紙」・浮遊するテキスト
散文における和歌的主題−「藤簍冊子」の和文をめぐって
「樊噌」の構想とその反主題
秋成の連想と反復−「膽大小心録」小考
秋成の記紀研究−「安安言」論
秋成の私年号考
恩田逸夫と宮沢賢治
宮沢賢治論一巻解説
宮沢賢治論二巻解説
宮沢賢治論三巻解説
兄賢二の生涯
宮沢賢治と宗教−主として初期の言動を通して
宮沢賢治の魔術的世界
宮沢賢治における宗教的側面の思考
源平合戦と千葉氏 源頼朝と千葉介常胤(ふるさと文庫 56)
宮沢賢治の信仰に就いて−彼の信仰は一本道を力づよく押し進んで行った−
賢治初期の宗教性−宮沢賢治論(一)
修羅のかげとひかり−宮沢賢治小論
宮沢賢治の宗教世界−禁欲にみる求道の軌跡
宮沢賢治−そのキリスト教観
宮沢賢治と仏教
「臨終のことば」から−賢治のメモへの一考察
二つのブラック・ボックス−賢治とその父の宗教信仰
宮沢賢治における宗教と科学−詩歌をめぐる近代と反近代
修羅の世界を超えて
痛みと地球−詩篇「疾中」から
挫折の求道者−「雨ニミマケズ」を中心に
「農民芸術の興隆」における賢治の宗教批判
「宮沢賢治と蓮」覚書
童話「どんぐりと山猫」に就いて
宮沢賢治の求道と「イーハトブ童話」の世界−「注文の多い料理店」の志向するもの−
賢治童話の宗教性
宮沢賢治の文学における笑の表情−死と微笑を中心に
よだかはなぜみにくいか
宮沢賢治と法華経−第四次元と久遠実成
宮沢賢治と法華経の関係
宮沢賢治の詩と法華経
宮沢賢治と法華文学
賢治の信仰と国柱会−その内容と軌跡、ならびにその評価
宮沢賢治研究ノオト抜書−「天業民報」賢治関係新資料紹介
宮沢賢治における宗教意識−法華経信仰と「春と修羅」の世界
「塵点劫」の歌−賢治が法華経から受け取ったもの
修羅から菩薩へ−宮沢賢治の法華経信仰
宮沢賢治と法華経−賢治の信仰態度をめぐって
落葉のはきよせ 二篭め(抄),三篭め(抄)
予が半生の懺悔
作家苦心談
予の愛読書
予が翻訳の標準
予が言文一致体
文壇を警醒す
「平凡」物語
私は懐疑派だ
ダンチェンコ翁と語る
送別会席上の答辞
入露記
露都雑記
遺言状・遺族善後策
平凡
「二葉亭四迷」編解説
漢詩

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