説話文学の種々相
隠者と随筆文学−方丈記と徒然草
日記文学の世界
五山文学の特性
御風の詩と詩論
もう一つの「自然」−御風と外国文学
「御風歌集」を読む
時評をめぐって−「早稲田文学」にみる初期活動の拾遺
「黎明期の文学」とその前後−御風評論の根底
「還元録」をめぐって
良寛研究への道−修羅から在家的出家
「野を歩む者」その推移と御風像
御風と花袋
御風の小説
御風と大杉栄−「近代思想」の誌面より
御風と一茶・芭蕉
御風と未明
相馬御風の書
御風とアンドレーエフ
相馬御風の随筆
御風と抱月
相馬御風の児童文学
「山の音」における性
「山の音」における自然
「山の音」における“種”のイメージ
「山の音」における食事
「山の音」における悲劇性
「山の音」における離合
「山の音」における家庭
「山の音」における芸術と生命
「山の音」における夢
「山の音」における「重ね」の技巧
「山の音」における現実と超現実
「山の音」(アトランティック・マンスリイ)
「山の音」(ニューヨークタイムズ・ブックレビュー)
通俗ヘミングウェイ(ブックワールド)
パラフレーズされた俳句に隠された豊かさ(グローブアンドメイル)
「山の音」(ブックス・アブロード)
「山の音」(パシフィック・アッフェアー)
乱れた魂からの無意識の呟き(クリスチャン・サイエンス・モニター)
「山の音」(ライブラリー・ジャーナル)
ひまわりの花を慰めに(タイム)
「山の音」(サタディ・レヴュー)
「山の音」(カナディアン・フォーラム)
わが友三島由紀夫
イラン紀行
アフリカの勲章
花の留守
「向う側」の文学
異界・内面・権力
説話からみた他界
東と西の桃源郷−ハーンの中国霊異譚の再話「孟沂の話」を手掛りに
大正日本の小桃源−佐藤春夫作「西班牙犬の家」をめぐって
異郷の母たち−「伊豆の踊子」と「雪国」
日本近代文学における「向う側」成立の条件
西洋文学の「向う側」
朔太郎の外国
漱石とオースティン
おお!トスカーナびとよ-ダンテ「神曲」邦訳史のための序章−
有島武郎とアメリカ
水戸藩の戊辰戦争−諸生党下総始末−(ふるさと文庫 57)
現代日本文学とキリスト教−椎名・遠藤・小川を中心に
日本におけるカミュ
エズラ・パウンドと東洋
「白樺」派とホイットマン
現代作家へのアメリカ文学の影響−大江健三郎をめぐって
音の荒地と言葉の祭典-ストラヴィンスキーーとエリオット
アメリカ精神と日本文学
随筆の成立−モンテーニュと兼好に見る
西洋近代詩中の白楽天−T・S・エリオットとウェーリーの交友にふれて
東西の想像力の融合点−泉鏡花における〈かたり〉の普遍性
世紀末英文学と日本
文化交流の原理−外国の日本文化研究を中心として
サント・ヴィクトワール山のふもとで−画家アンドレ・ワッソンの忘れ難き対話
黎明記の佛蘭西学−沖縄の史的役割
詩心の触れ合い−蕪村とラルボー
平安時代の説話と中国文学
漢籍受容と源氏物語
中世歴史文学と中国文学
近世の剪燈新話受容の諸相
桃源郷の系譜
中国白話小説と初期読本
無頼文学の系譜
ヨーロッパの文学での無頼
中国における無頼
わが国における無頼思想1(上代の文学)
わが国における無頼思想2(中世の文学)
わが国における無頼思想3(近世の文学)−特に演劇における↓
無頼文学の意義
戦争・天皇・無頼
無頼の倫理
日本文学における無頼の本義
谷崎潤一郎のデカダンス
坂口安吾
永井荷風
石川淳−「闇を切り開く散文の方程式」
成島柳北−言挙げ「天地間無用の人」考
辻潤
折口信夫
石原純の無頼文学

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