「集団の詩」としての短歌
写実派の“戦後責任”
ノンポリティカル・ペーソス
群れとしての前衛歌人
人間の声
斎藤茂吉と俳句
折口先生の歌会
八一の時代
歌の訣れ
業の日本的形式か
短歌偏見
偶感
俳句と現代短歌の間
短歌と俳句
短歌わずかに一首
鮮烈な生の悲哀
晩年の茂吉—考えかわらず—
懐かしい花園
反自然としての短歌
短歌嫌い
勝手気ままの弁
たはぶれ歌
字余り知らず
短歌への執着と離反
寺山修司、『極楽篇』を
歌集『男魂歌』について
『未成年』あるいは過去への希望
牧水に熱中した十六歳のころ
胡乱指註
己れの無惨を見むか—中城ふみ子の死の処世—
或る時代の雰囲気
〈うた〉—未開の声
短歌編集者としての島木赤彦
『新萬葉集』のころ
短歌と私 —青春時代のノートから—
萬葉と時事 —「橘奈良麿の変」をめぐって—
採訪「昭和萬葉」 1〜21
『昭和萬葉集』メモ
今も忘れ得ぬ歌 —私の心に刻まれた三つの短歌—
明治の農民短歌 —「平民新聞」の投稿歌壇から—
『昭和萬葉集』読後評1〜20
歌集『白埴』のこと
亡夫の短歌(投稿)
二・二六余談
下町の歌人たち —煤煙と喧騒の街で—
伴墓について
ことばと短歌 —現代に息づく古語の存在性—
一本のウイスキー(投稿)
青春の日の歌 —時代の緊縛に促されて—
山歩きの記
電報の歌
戦争と短詩型文学
母子鎮魂譜(投稿)
「とりふね」史の断簡
前川正のことなど
わが短歌今昔
歌と政治
青春と戦場
僕と短歌 —幼馴染は一生つづく—
勅撰集と私家集のあいだ
「短歌評論」グループ事件の周辺 —事実の補足・訂正—
心に残る抵抗の歌
七五の調べ
吉野秀雄先生のこと
空穂と長歌
「朝の光」の頃
『少年』と母と
わかれみち
女人の歌1〜3
学園短歌のころ
言語的自由からの逃走
開拓生活のうた
無名者のうた
歌とわたし
わがこころのうた
海と川の歌
暗闇の中の祝祭
在日朝鮮人と短歌
「未来」群像1951〜1955
戦争と平和と —二つの百人一首—
歌との出会い
ハンセン病短歌の背景
『雲母集』と私
うたき随筆
現代短歌感傷
「城東区」を歩く
存らいて君を想わば
歌との出会いと別れ
歌よみ染めの頃
子規の短歌 —歌・俳の間—
夏炉冬扇 —わたしの晶子—
短歌・俳句の弁護
鳴海要吉のこと
啄木のしたたかさ
歌と私
巻末略歴の感銘
一九六〇年代と昭和三十年代
まんよう歌壇
新短歌時代
「文章寧復見為人」

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