銀貨挽回策に関して仏国政府に檄す
我邦米価の明治七年以前に廉価なりし所以
複本位制に就て
貨幣制度意見
金銀比価の将来如何
金貨本位の三種
新貨幣法の缺陥
貨幣法案に対する演説
新貨幣法実施の結果如何
金本位実施の影響漸の市場に顕はる
銀貨の通用は未だ俄かに停止すべからず
円銀は果して補助銀貨に改造し得る乎
貨幣制度を改めて旧条例の金貨本位と為すべし
旧条例の金貨本位を実施するの方法如何
円銀処分の結果
井上蔵相に注意を請ふ件々
金貨交換に手数料を徴収するの議
正価回収の教訓
東洋銀貨問題
小数兌換を発行して朝鮮支那に通用せよ
軍事手形の事
支那中央銀行創立の急務
韓国貨幣制度の統一
大清国五品卿街京師大学堂総教習呉汝綸氏の諮問に答ふ
韓国幣制整理に就いて
国立銀行は合併を利とす
国立銀行の株主は自ら保護するの方法を設けざるべからず
国立銀行紙幣は速かに償却すべし
営業満期国立銀行処分法に関する意見
清国視察団
「ジャパン・タイムズ」に答ふ
明治三十三年の終刊に臨みて
東京主計学校交友会新年会に於いて
第二十世紀を迎ふるの辞
四月二十八日香取郡教育会に於ける演説
伊庭想太郎公判の傍聴筆記を読みて
人工降雨術の発明
予約事業の成績
歳晩偶感
徳川公授爵祝賀会に於て
日本刀鍛錬復古意見
書籍と客室の装飾
湯島献茶会
活版職工勤続奨励表彰式に於て
明治三十七年を送る
三河の古戦場について
修養
東京府小学読本の採用如何
大臣の巡回及び避暑
崇拝論
決闘事件
言論文章果たして幾何の勢力あるや
候補者の狂躁
洋行帰朝者
別に臨み意中を表す
東京府士族授産金の顛末を明かにす
天祐丸売却の顛末
南島王と東洋経済新報
米国人民の働きに就いて
仮に大島貞益君に答ふ
漫評
時事評論
日本軍隊の勇気
遼陽方面の大戦
遼陽の大捷
列国調停の風評
国民後援会の美学
バルチック艦隊の挙動に就いて
日本の実力
東西武士道の相違
編集長吉岡太三獄中に死す
藤田静君
島津久光公甍ず
越後屋洋服店の開業式
社員長井為之助君死せり
故松田府知事建碑式に於て
鐵舟居士山岡鐵太郎氏逝けり
後藤伯の演説法
大久保一翁氏逝けり
馬場辰猪氏矣
森大臣難に遭うて甍ず
「日本」記者に答ふ
末広重恭氏
中江篤介氏
内地雑居論余録
ボネビに於ける西班牙知事の不遇
先覚者の末路を悲しむ
水夫市川亀吉ボネビに死す
敬宇中村正直先生逝けり
鬼頭悌二郎君の霊に餞す
楽天録
報知記者の眼
日記
鼎軒餘稿抄
土子金四郎君の倫敦に之々を送る
森田思軒居士逝く
米国紡糸機の改良
海舟勝伯
陳言一則
外山博士を憶ふ
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