新発見の日蓮上人書状について
近世初期における日蓮遺文の刊行
「録外」遺文に関する書誌学的覚え書
聖誕七五〇年に思う−その人の意味について−
未完成の完成−上行菩薩論
池田大作への宣戦布告とその後の私
講演 日蓮聖人の思想と生涯
寿量品の本尊について
『本尊問答抄』講話 法に依って人に依らず
浅井円道先生略年譜
浅井円道先生著述論文目録
身延山晩年に弟子へ与えられた宗祖の遺文について−弘安3年から5年を中心として−
日蓮聖人と大智度論
日蓮聖人における儒教思想の一側面-「孝経」を中心として-
開目抄述作由来考−「自心の疑い」を中心として−
「立正安国論」にみる日蓮聖人の浄土教批判
日蓮の宗教における罪の根源性について−舎利弗の菩薩行退転を視点として−
日蓮聖人はいかに「大乗涅槃経」を読まれたか
日蓮真蹟の形態をめぐる問題点-「神国王御書」について-
「日蓮聖人御遷化記録」考
土屋家日記(備後) 文化5年
日蓮と徳一
寛永二十年本「録内御書」の刊行とその特色
金網集の研究−華厳宗見聞について−
京都四条門流草創記の儀礼について
日蓮聖人の花押母字について
森尚謙の宥和思想−現代的意義と四方他宗批判への解釈−
宮沢賢治の法華文学について
「昭和日蓮不敬事件」考
最澄の教判に関する一考察−<直道>をめぐって−
慈円の蘇悉地経問答と慈厳のスシッタ秘経要鈔−台密における蘇悉地法の伝承−
俊範教学の一考察−日蓮教学展望の視点から−
法華経と日蓮聖人
法華要文連歌小考−法華経和歌との関連と対比−
法華経における方便の意義−吉蔵の開会解釈を起点として−
法師品における法師の体系
「見宝塔品」おける仏身の一考察
法華経にみる実践としての智慧
羅什は法華経思想を改竄したか
中国における法華経の石刻
「周書異記」について
仏教における常住思想
サールナート(鹿野苑)の今昔−伝承と史実−
Ajjhattasantiと即心是仏
もう一つの法身偈
五事非法と有部の成立
日蓮と神祇
中世における国家観の一形態−日蓮の道理と釈尊御領を中心に−
江戸幕府の宗教統制
近世初期の政治思想と国家意識
「かた法華」と「ひら法華」
日像−題目流布 初めて京の町へ−
妙秀−正直正路の生涯−
仮名草子と法華宗−「妙正物語」について−
日奥−不受不施に殉ずる−
大鹿妙宣寺覚書
鶏冠井の法華宗
松ヶ崎の法華宗と洛北の祭り
桃山の法華文化
応永の法難と法華宗の「かくれ里」知見谷の歴史
中世備前法華門徒の比企・池上・身延参詣
近世初頭における京都町衆の法華信仰
本阿弥一門の思想構造−妙秀と光悦の法華信仰を中心として−
本阿弥光悦と日笠紙
光悦−その信仰の世界−
創刊の辞
新発見真蹟解題
中世日蓮宗と追善供養
近世における日蓮宗寺院の経営史的考察
本尊抄末註における受持の概念
行学院日朝の教学における摂折論
宗祖の折伏実践における涅槃経依用の一考察
身延山支院の研究
永昌院通義日鑑の本尊論
埴谷抄
付属有在
行学院日朝の顕本論
日蓮聖人における「受持」の概念
開扉と開帳
身延参詣の史的考察
日蓮聖人の布教についての一考察
本門戒壇について
日蓮聖人における謗法観の一考察
元祖化導記
江戸の七面信仰
一妙院日導の顕本論
日蓮聖人における「受持」の問題
近世法華信仰の一具体像
近世における身延山支院の組織について
近世日蓮宗教学に於ける観心思想の展開 1
『三大秘法抄』とその課題
日蓮聖人における謗法観
受持譲与段における「受持」についての一考察
延享二年身延山久遠寺末寺帳
産業と地域社会研究の視覚
「謗法・堕獄」覚え書き
優陀那日輝研究ノート
末法と戒
天台学僧信尊について
日蓮聖人における罪認識の一考察

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